良寛の里 五合庵と心月輪

秋は高し 木立は古りぬ このやかた(良寛)

”良寛さま”で親しまれた良寛は一時、この五合庵で過ごしていました。
「一日5合の米があればいい」ということから名づけられたといわれています。

良寛は出雲崎の名主の家に生まれ、父親の仕事(人を裁く)を少し
手伝ったが、18歳で出家をし、その後全国行脚しました。
至る所で修行を積んだ様子が歌に残されています。

50歳頃、越後に戻り国上寺で世話になる。この寺から奥に入ったところに
五合庵があります。

今では観光用に手すり付き石階段がありますが、当時のことを考えると
よほど精神的に強くないと絶えられない生活だったと思われます。
修行というのはこういうことを言うのでしょう。

あるとき長岡藩の主が「長岡に寺を建てるので来てくれないか」と頼んだところ
「たくほどは風がもてくる落ち葉かな」と断りの句を返したそうです。

良寛は形や規則だけにこだわることを嫌ったといわれています。

あるときに古くなった鍋蓋を割ろうとした人がいたので、その鍋蓋を
取り上げて鍋蓋の裏に「心月輪」と書いたそうです。

心は月の様に丸くありたい と言う意味です。
物を大切にする気持ちが現れています。
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2015/10/27 21:18

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