縄文時代に使われていた火焔型土器(長岡馬高遺跡) 

日本一の信濃川中流域、長岡市の馬高遺跡に多くの火焔型土器が見つかって
います。
そのうちのひとつのレプリカが新潟県歴史博物館に飾られています。

2015/12/ 5 14:57

2015/12/ 5 14:57


joumon

縄模様の土器から手の込んだ作りをしていたのが分かります。

長岡周辺の十日町市、小千谷市などでも見つかっています。
気候も安定していたようで木の実や狩をして生活していたようです。
アスファルトや漆まで使っていたというのですから驚きです。

火焔型土器の中は食べ物を煮た後が残っていたらしい。
知恵も発達していたし、ごみ置き場まで決められていたようです
アンギン編みといって木の皮を使って編んだものまであったという。

大阪万博の「太陽の塔」をデザインした芸術家、岡本太郎氏も長岡を訪れた
といいます。(馬高遺跡 資料館)
そしてその縄文時代の土器や埴輪を参考にして「太陽の塔」をデザインした
と言われています。
「芸術は爆発だ!」は故岡本太郎氏を象徴する有名な言葉です。

巷では「2020年の東京オリンピックの聖火台に」という声が上がっていますが
世界で最古と言われる土器を日本人の祖先が作ったのですから実現できることを
願っています。

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